2010年11月20日
晩秋の山間集落で
文政年間 現在の長野市塩生平林に「おなつ」「おつじ」という可憐な姉妹が住んでおり
両親は平林の南、二町程(約200m)の大沢地籍で「深沢の湯」という鉱泉宿を営み
浴客で賑わっていました。。



1824年文政7年の春、増築工事の最中突然「栃久保」の裏山が地滑りを起こし
姉妹の母と大工それと浴客の4名が生き埋めとなるという大惨事が発生
姉妹の父は娘「おつじ」の奉公先である小市の酒屋に助けを乞いに行った帰り
行方不明になり帰らぬ人となってしまいました。。



惨事から6年たった文政13年
姉妹は深沢村の名主「常右衛門」と土地提供者の「元右衛門」
そして姉妹に何かと力を貸していた手習師匠「作右衛門」らの力を借り
父母と横死者6名の供養のため六地蔵尊を建立したという・・・・
このような記録が集落に残っているんだそうデス。。

芝峯の六地蔵尊
そんな往時の出来事やこの地に生きた人々に思いを馳せながら
秋深まった静かな山村を歩いてきまシタっっ。。
両親は平林の南、二町程(約200m)の大沢地籍で「深沢の湯」という鉱泉宿を営み
浴客で賑わっていました。。



1824年文政7年の春、増築工事の最中突然「栃久保」の裏山が地滑りを起こし
姉妹の母と大工それと浴客の4名が生き埋めとなるという大惨事が発生
姉妹の父は娘「おつじ」の奉公先である小市の酒屋に助けを乞いに行った帰り
行方不明になり帰らぬ人となってしまいました。。



惨事から6年たった文政13年
姉妹は深沢村の名主「常右衛門」と土地提供者の「元右衛門」
そして姉妹に何かと力を貸していた手習師匠「作右衛門」らの力を借り
父母と横死者6名の供養のため六地蔵尊を建立したという・・・・
このような記録が集落に残っているんだそうデス。。

芝峯の六地蔵尊
そんな往時の出来事やこの地に生きた人々に思いを馳せながら
秋深まった静かな山村を歩いてきまシタっっ。。
Posted by ビーグル at 18:24│Comments(0)